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03/10/2010

神河内、または上高地

R0011160


20数年ぶりに上高地に行って来た。最後に行ったのは古い「釜」トンネル(片側交互通行だった!)の時代。マイカー規制が通年化される前のこと。
それでも上高地は、変わっていなかった。唯一、気がついたのは「大正池」が縮んだこと。そもそも「大正池」が生まれたのは大正時代、100年も経っていない訳だから、20数年というのは短い時間ではない。ボクが寿命を終える頃には、もうボートを浮かべることもできないサイズになっているかも知れない。沢渡から乗せて貰ったタクシーの運転手さんは、その頃にはまた焼岳が爆発して「平成池」か、「なんとか(浩宮ないしは、その次の元号、if any)池ができてますよ、と笑っていた。


P9300156←随分、少なくなったような気がする立ち枯れの木。このような立ち姿の枯れ木が今後数年で朽ち果ててしまうのは、本当に惜しい気がする。


上高地は、開発の管理の点でもStrictで宿泊施設も増えていない(ように見える。)これまで(学生時代、ないしは20代の若かりし頃)は、小梨平や、某新聞社の支局に宿を求めていた。
今回は、30年以上前(高校1年生?)、西穂独標から下山し「茶でもしばこうか!」と言いつつ敷居を超える勇気がなかった「上高地帝国ホテル」に宿をとった。(我ながら歳をとったもんだ!)時を超えて存在しつつあるようなこの建物も、実はその直後建て替えられていた。(originalの忠実に!)


到着当日は、生憎の雨。タクシーの運転手さんの「雨の上高地もなかなか逝けます。」の言葉を慰めとしつつ、とりあえず大正池を目指し散策する。木曜の午後3時過ぎだったこともあり、人影はまばらだ。これも後からタクシーの運転手さんに聞いたことだが、宿泊のCapacityに制限がある上高地では、高山や松本から午前中、観光バスで入って、2時間程散策(殆どの場合、大正池→河童橋のルート)後、山を下りるパターンが多いらしい。しかしながら本当に上高地を堪能するためには、やはり2泊はしたい。中日は丸一日使えるし、山の朝・夕の景色を楽しめる。天気に恵まれれば徳沢辺りまで足を伸ばせるし、健脚自慢なら西穂独標や、岳沢、それどころか焼岳登山も可能だ。
Pa0102312日目は。快晴に恵まれたので、健脚からはほど遠い我々だが、とりあえず岳沢ヒユッテを目指した。

→のような山道を登る。


最初は、沢沿いの林間コースで、これはいけるかなとも思ったが、カールの下部にとりつくと一番↑の写真のようながれ場になって来た。その後も少し頑張ったが、ヒュッテまで凡そ半分の地点で断念。1時間強の悪戦苦闘の結果が、一番↑と↓の写真の差(穂高連峰の見え方)だ。
何時か、徳本峠を越えて上高地に入りたいと思っているが、残りの人生はあまりに短い。(槍や穂高のてっぺんまで行く中高年登山者はご立派だと思う。)
ちなみに標題の「神河内」(帝国のディナーコース名にもなっている。)は、当て字かと思ったが、そうでもないようだ。
その辺は、↓に詳しい。


http://www.myojinkan.co.jp/kamikochi-name.html
R0011149_2

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